「私のような思いは誰にもしてほしくない」。93年に一人娘の美佐和さん(当時19歳)を殺害された兵庫県伊丹市の川田五十鈴(いすず)さん(60)は語る。08年7月に時効を迎え、神戸地検尼崎支部から美佐和さんの所持品などの返還を受けた。送られて来た段ボール箱を開けると、油のにおいが部屋中に漂った。刺殺された後に可燃性の塗料をかけられ火を付けられたからだ。
段ボール箱には、焦げて固まった花柄のブラウスや金色のヘアピンで留められたままの髪の束などが、一つずつビニール袋に入れられていた。「犯人逮捕の望みがなくなった」。改めて、そう思った。川田さんは「私の娘はもう遅いけども、何とか時効制度は変えてほしい」と話す。
90年12月に札幌信金職員だった長女の宙恵(みちえ)さん(当時24歳)が殺害された事件が05年に時効になった札幌市の生井(なまい)澄子さん(72)も「時効がなければ、容疑者逮捕の望みが残る。廃止に向けて手伝いたい」と言う。
北海道警は宙恵さんの高校の後輩だった男(40)を指名手配したが、逮捕されなかった。生井さんは時効成立後民事裁判を起こし、08年3月に所在不明の男に慰謝料の支払いを命じる勝訴判決を受けた。当初は「肩の荷が下りた」と感じたが、次第に「娘のためにできることがなくなった」と感じるようになった。「時効になると悔しくても何もできない」と語った。
一方、法務省刑事法制管理官室の担当者はこれまでの取材に「時効制度の改正は、被告人側の利益を失わせるため、慎重に検討する必要がある」と話している。【石丸整】
◇1年で10年の差
「発生した年が1年違うだけで、なぜ時効に10年もの差がつくのか」。佐賀県鳥栖市で04年2月に撲殺された会社員、入口和俊さん(当時24歳)の父、俊(たかし)さん(71)=福岡県大刀洗町=は現状を批判する。
刑事訴訟法の04年改正で05年以降に発生した事件の時効は25年になったが、04年に発生した和俊さんの事件は15年のままだ。「命を奪っておいて時間が過ぎたら罪に問われなくなるのは、遺族にとってはたまったものではない」。世田谷一家殺害事件の遺族らが時効制度の見直しを訴えたことに「無念の思いは同じ。私もぜひ運動に協力したい」と語った。
04年10月に殺害された広島県廿日市市の高校2年、北口聡美さん(当時17歳)の父忠さん(51)は「世田谷一家殺害事件の遺族が表に出て訴えるのは本当にすごい。元気づけられる」と話した。時効制度については「凶悪事件については時効を撤廃してほしい。時効後1日目に犯人が自首してきたら、こんなに情けないことはない」と話した。【遠藤雅彦、矢追健介】
◇連絡先を設置
宮沢良行さんらは他の遺族と連携するための連絡先「宙(そら)の会(仮称)」を設ける。住所は東京都千代田区神田駿河台3の1の1大雅ビル7階。メールアドレスはjikou74@nifmail.jp
毎日新聞
犯人はのうのうと生きてるんですものね


